Cairo(カイロ)の3大ピラミッドへ
Luxor(ルクソール)からCairo(カイロ)に向かう列車は、寝台ではなく、
普通の車両だった。
列車の移動もバスの移動も良し悪しがあるけど、今回の列車の移動は、
ドアが壊れていて、外から冷たい風が入ってきてものすごく寒いし、
電気は夜中も煌々と照っているし、バス移動に比べて良かったことと言えば、
リクライニングを思いっきり倒すことができたことぐらいだった。
Cairo(カイロ)の駅には、朝の7時頃に着いた。そこから、
Lonely Planet(ロンリープラネット)の地図を片手に、ダウンタウンを目指す。
目指すは、有名な安宿の入っている集合ビルだ。
Hungary(ハンガリー)で知り合った沖縄出身のOくんが宿泊していて、
彼が勧めてくれたSultan Hotel(スルタンホテル)を考えていた。
というのも、彼が、Mさんに会うことを勧めてくれたからだ。
Mさんは、知る人ぞ知るパックパッカー界の重鎮で、この宿に住みこみ、
エジプト在住は、もう11年になるとのことだった。
ところが、残念ながら、僕が到着した日、朝早すぎたせいか、
その宿のドアが閉まっていて、ノックをしても開かなかった。
Mさんに会うことを目当てにこのビルディングにやって来たのだけど、
致し方ない。
というわけで、僕は、同じビルディングの5階にあるVenice(ベニス)という名のホテルに
行ってみた。
ドアは開いていて、受付スタッフの対応も良かったので、激安のSultan Hotel(スルタンホテル)に
比べると、値段は少しだけ高いけど、その宿に宿泊することにした。
ここは、Venice(ベニス)は、日本人宿だ。
ちなみに、Sultan(スルタン)も、ほぼ日本人宿だ。
ドミトリーに荷物を置けるのは、午前9時ぐらいだと言う。
僕は、8時からの朝食を申し込んで、テラスで食べることにした。
ロビーに座っている日本人がいて、声をかけると、昨日、Egypt(エジプト)に
到着したばかりのSHくんだった。
関西学院大学の4回生で、体育会アメリカンフットボール部で、トレーナーを担当していたと言う。
既に、大手証券会社への就職を決めていて、社会人生活がスタートするまでの2ヶ月間を
目一杯使っての卒業旅行だと言う。
僕が、ピラミッドに行こうと思っていると言うと、彼もその予定だと言った。
というわけで、僕たちは一緒に行くことにした。
行き方を宿のスタッフに聞いて、午前10時に出発した。
ピラミッドとスフィンクス。
それは、しばしば世界の不思議を扱うテレビ番組の表紙を飾るような代表的な場所だ。
そうか、僕は今日で、遂にあのピラミッドも見てしまうことになるのか…。
興奮の中に、未知なものが、既知なものになっていく一抹の寂しさを感じた。
宿のエジプト人スタッフに、「ピラミッドの周辺と中には、親切な良い人なんて1人もいないから、
誰も信じないように」と念を押された。
「僕たち以外には、だね」とジョークで返すと、
「いやいや、だから君たちも親切な良い人になっちゃいけないんだ。
誰も信じちゃいけない」
と更に念を押された。
2時間ほどかかって、Giza(ギザ)のピラミッドに着く。
Gate(ゲート)に入る前からラクダの勧誘がある。
絵葉書と置物のセールスがある。
でも…、話に聞いていたほどのしつこさでもないように思った。
India(インド)の方が、大変だったかもしれない。
そう思いながら、ここでも、いろいろをIndia(インド)と比べている自分に気がついた。
India(インド)は、良くも悪くも、一つのスタンダードの極を与えてくれる
強烈な個性を持つ国なのだと、改めて実感した。
いずれにしても、相手が売りつけてくるとわかっている場所では、
こちらも対応がしやすい。
適当にやり過ごしつつ、不愉快な思いもせずに、僕たちはピラミッドのあるエリアを
歩きまわった。
ピラミッドの一番の印象は、その大きさだった。
大きな石がシンプルに高く三角形に積まれている。
僕とSHくんは、2人で写真を撮り合った。
彼はさすがに若いだけあって、ジャンプしているところを撮ってくださいとか、
ポーズがアクティブだ。
僕は、写真の際にはあまりポーズは取るタイプでもないのだけど、
今回は彼を真似て、ジャンプしてみた。
次の写真は、自称警察官のエジプト人が、強引に、そして、勝手に撮ってくれたものだ。
当然のことながら、この後にスモールチップを要求された。
歩きながら、僕たちはいろいろなことを話した。
彼は、関西学院大学の付属校からの進学で、アメリカンフットボールを始めたきっかけは、
小学生の時に、試合の見学があったことがきっかけだたそうだ。
「格好いい」
単純にそう思ったのだと言う。
「子供の動機って、とても単純なんですよね。だからこそ、小さいころからいろいろなものを
見せておくことは好奇心を刺激し、世界を広げる上でとても大事なのかもしれないって思うんです」
彼はそう言った。
その彼は高校からアメリカンフットボールを始めた。
このスポーツが大好きだけど、プレーヤーとしては資質が今一つなことは
自覚していたと言う。
大学に進学してからは、選手として、試合にも出れずに2軍で頑張り続けるか、
それとも、選手をサポートするトレーナー側に回るか、本当に悩んだそうだ。
「トレーナーとして一番大事なことって何なの?」
と尋ねると、「選手の立場を理解してあげることです」と即答が返ってきた。
「それは、どういうこと?」と更に尋ねると、
「例えば、ある選手が怪我をして、彼を練習させるか、あるいは、試合に出すか、
ヘッドコーチは、トレーナーと相談して決めることになります。ヘッドコーチって
怪我に関しては、案外、無知なんです。
普通、怪我をしていると、ほとんどの医者は、必ず安全策を取って、
無理をさせないように、練習させないように、試合には出さないようにと言います。
もし、許可を出して、何かあったら大変ですから。
でも、選手にはいろいろな思いがあるんです。
特に4回生ともなると…。
例えば、怪我をしていても練習をし続ける姿を後輩に見せて何かを伝えたい。
残り少ない試合に、どうしても、万全の練習を積んだ状態で出たい。
トレーナーは、そう言う彼らの思いを汲みつつ、いろいろを決めないといけないんです」
ちなみに、他の大学もそうらしいけど、関西学院大学のアメリカンフットボールチームは、
煙草は厳禁、見つかったら即刻退部、クラブ活動でも未成年は飲酒禁止、上級生ほどグランド整備や
道具の準備を進んでする、という伝統があるそうだ。
「例えば、そう言う生活の規律と、試合に勝つことと、どういう因果関係にあるのか…。
道具を大事にすること、グランドに入るときには一礼をすること、これらと試合に勝つことには
何の因果関係があるのか…。
それを繋げることのできる人と、繋げることができない人がいるんです。
アメリカ的な合理的な考えで言えば、道具なんて、古くなれば、
壊れればすぐに買えばいいんだし、グランドに一礼するなんてナンセンスかもしれないんですが…。
僕たちのチームは、そこに繋がりがあると考えています。
そして、去年、学生チャンピオンになりました」
とてもしっかりした好青年だった。
「僕の旅は2カ月だけですが、長期の旅行をしている人ってこんなにいるんだって
驚きました。僕も10年ぐらい会社を務めて、自分に自信が出てきたら、会社を辞めて
世界を1年ぐらいかけて周ってみたいと思います」
そんな彼は、翌朝、Aswan(アスワン)に向けて飛行機で旅立って行った。
2ヶ月間をフルに使って、北アフリカ、ヨーロッパ、南米と豪快に移動する予定で、
事前に飛行機をすべて押さえているそうだ。
「弾丸のような旅です」と言って笑った。
Egypt(エジプト)の次のEurope(ヨーロッパ)では、
Germany(ドイツ)、Spain(スペイン)、Italy(イタリア)、UK(イギリス)の
各リーグのサッカーの試合を観戦するという。
その後は南米に飛び、ボリビアのウユニ湖を訪れる予定だと言う。
神戸に住んでいる彼は、3月30日に帰国し、翌日の31日に上京し、
4月1日に入社式を迎えると言う。
完全燃焼の良い旅を!
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