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2012年1月 8日 (日)

ヨーロッパの旅を終えて

僕は朝6時に起きて、出発の準備をする。
Sascha(サーシャ)が、Tegel(テーゲル)空港まで送ってくれた。


次に会うのは、可能性としては彼らが来年の夏に訪れる予定のアメリカか、
僕が戻った後の日本か…、再びヨーロッパだ。


今日で、僕の今回のヨーロッパの旅は終わりだ。


9月14日にドイツ入りして、いろいろ周って、1月5日に再びドイツを出た。
3カ月と少しに及ぶ旅だった。


ヨーロッパを訪れたのは、僕にとって今回が初めての経験だった。


まずはGermany(ドイツ)を訪れ、Sascha(サーシャ)とAnne(アンナ)と再会した。
そして、一緒にGermany(ドイツ)、Italy(イタリア)、Austria(オーストリア)、
France(フランス)、Spain(スペイン)を旅をした。4週間の旅だった。


その時、僕は教えてもらうことばかりだったけど、およそ2カ月ぶりに再会すると、
イギリスや東ヨーロッパの国々を訪れたことのない彼らに、僕の方が教えることが
多くなっていた。


ヨーロッパ(欧州)…。


そう一言で言っても、ヨーロッパには西欧もあれば東欧もあって、中欧もある。
北欧のスカンジナビア諸国はそれらとはまた違う文化圏に属している。


あるいは、国は違っても、南欧と呼ばれる地中海に面した地域の文化には
共通しているものがある。


また、同じ国の中でも、南部と北部では文化が大きく違ったりする。


国境付近のエリアに住んでいる人たちのカルチャーはミックスしているし、
ヨーロッパの国々は、それこそたくさんの国々と国境を接している。


ヨーロッパでは、異なる文化と民族が、縦横に交差しながら国家を形成している。
だから国と文化と民族をひと括りにして語ることはできない。


恥ずかしいぐらいに基本的なことなのだけど…、
僕が体験を通して学んだ大きなことの一つだ。


更に続けると、


西欧の人々が、その完成されたシステムを使って、人生をいかにenjoyするか、
というステージにいるのだとすると、中欧・東欧の国々の人たちは、
西欧の豊かさを求めるハングリー精神に溢れていた。


人の流れは、東欧から西欧に、もっと詳しく言うと、東欧の国々から、
Germany(ドイツ)やSwitzerland(スイス)、あるいはUK(イギリス)に向かっていた。
今では高い失業率に悩むSpain(スペイン)やItaly(イタリア)からも、それらの国々に向かう人の
大きな流れが生じていると聞いた。


ちなみに、


Germany(ドイツ)にはTurkey(トルコ)からの移民が多いのだけど、Germany(ドイツ)で
高等教育を受けたその子弟たちは、ドイツ社会における“差別”を感じて、
母国に戻ると言う動きも生じているそうだ。


移民を受け入れると言うことは本当に難しい。


Germany(ドイツ)としては、“労働力”だけを受け入れるつもりが、
“人”も一緒に来てしまった。それで、とても困っている。
そんな笑えない話を聞いた。


“労働力”は欲しいけど“人”はいらない、それが正直なところなのだろう。
でも、そんな風に都合良く事は運ばない。


海外から“労働力”を受け入れる、“頭脳”を受け入れる、
“能力”を受け入れる、あるいは、異文化交流のための“文化”を受け入れる。
それらは、とてもキレイなことのように聞える。


でも、それらには、“人”が洩れなく付いてくる。


そして、問題が起こるのは、労働力と労働力の間でもなく、頭脳と頭脳の間でもなく、
能力と能力の間でもなく、文化と文化の間でもなく、いつも人と人との間なのだ。


…。


この旅の中で、たまに考える。


僕は、日本でイスラム教のモスクを見たことが無い。
イスラム教は世界3大宗教の一つだ。同じ3大宗教の一つであるキリスト教の教会は
日本にたくさんあるのに、考えてみたら少し不思議だ。もちろん、僕が知らないだけで、
きっとどこかにあるはずなのだろうけど。


相手の宗教を受け入れる。頭では、理解できる。もちろん、それは大事なことだと思っている。


でも仮に、受け入れた結果、日本の自分の家の隣にモスクが建って、毎日、決まった時間に複数回、
コーランがそれこそ町全体に響く音量で流れ始めた時、僕はいったいどういう反応をするのだろう…。


異なる宗教の共存は素晴らしい。それを他人の国で言うことは簡単だ。


でも、それを身近に引きつけて考えてみた時に、いまこの時点で、それについて何かを
断言できる潔さや覚悟は僕には無いように思う。


徒然なるままに、更に続ける。


このヨーロッパの旅を始める前の僕は、中欧や東欧の国々の地理的な位置に全く無知だった。
そのこともあって、この地域に足を踏み入れたとたん、いろいろな国が、奥から次から次へと、
それこそ無数に姿を現してくるような錯覚を覚えて…、まるで、果てしなく続く深い森の中に
足を踏み入れてしまったような感覚に襲われた。


僕は、もしかしたら、この地域から永遠に外に出られないんじゃないか、
そんなことさえ感じた。


僕は、Bulgaria(ブルガリア)からTurkey(トルコ)に抜けて、ようやくヨーロッパを
“脱出した”という感覚だったのだけど、ヨーロッパは、まだまだRomania(ルーマニア)、
Ukraine(ウクライナ)、Moldva(モルドヴァ)…、そして、Russia(ロシア)と、
どこまでも奥の方に続いていて、ますます広がっていく。


世界は、広い。どこまでも続いて、続いて…、
その先は、繋がっている。


ちなみに、


Turkey(トルコ)は、特にIstanbul(イスタンブール)は、
アジアとヨーロッパの接点にある、とよく言われる。


そのTurkey(トルコ)は、ヨーロッパなのだろうか、アジアなのだろうか。


日本人の僕の感覚からすると、トルコをアジアの国と言われても、違和感がある。
何人かの中国人の旅人に聞いても、同じ反応が帰ってきた。ある人からは、
「個人的には、インドもアジアじゃないと思うわ」という答えが返ってきた。


中東からの旅行者に、Turkey(トルコ)は中東の国だと思うかと尋ねたら、
「いや、違うね。Turkey(トルコ)は中東じゃない。同じ宗教かもしれないけど、
アラブ人とトルコ人は、やっぱり違うよ」と、即答が返ってきた。


ヨーロッパの旅行者にも同じ質問をしてみた。
「難しい質問だけど、Turkey(トルコ)はヨーロッパじゃないよ。
EUはその問題をずっと議論しているけどね。歴史と文化が違う過ぎる。」


Turkey(トルコ)人に、僕はそれらの体験を話して同じ質問をしてみると…、


“Yes, we are everything!”という答えが笑顔で返ってきた。


話は変わる。


この旅で出会った人々が、こう言うのを聞いた。
「ヨーロッパの本当の良さは、20代で訪れてもわからないだろうね…」


年齢を重ねることによって、味わいがどんどん深くなっていくと言うことなのだろうか。
その点、日本の京都と通じるところがあるのかもしれない。


更に、僕がヨーロッパを訪れたのは、秋から冬にかけてだった。


深くて静かなヨーロッパの景色の助けを借りて、自分を内省したり、
人生を洞察するには、最適の時期だったように思う。


おそらく、春や夏に訪れたら、僕のブログはまた違ったトーンに
なっていたんじゃないだろうか。


すべてが巡り合わせ、すべてが縁だとしたら、僕は、この時期、このタイミングで
ヨーロッパを旅することになっていたのだろう。


さあ、


次の旅は、中東、そして、アフリカだ。

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